生きがいは、自分の欲望に忠実になり、それをみたしていくこと。他からの刺激も含めて随時生まれてくるもので、満足感と活力を与えてくれる。ただ、場当たり的な側面もあり、満たされると喪失感を感じ、また見つけにいく。これを繰り返す。困難などに直面した際に生きがいを探しにいくと、さらに喪失感を煽る可能性もある。基本的に、自分の欲望に対する満足、すなわち自己満足。一時的な自己満足。
人生の目的は、使命感を伴う。使命は自分で見つけにいくもので、ある人は『人生は使命の探求のためのものだ』というが、それだと何のためにいきてるか、わからない。使命こそも自分で定義するので自己満足とも考えられるが、生きがいとの大きな違いは、使命は人のため、社会のためであること。完全なる自分のためであれば、それは生きがいの追求。
この人生の目的を持っている人は強い。困難に直面しても、それを使命のための試練と捉え、乗り越える動機がもてる。
この人生の目的は、社会に影響を及ぼす。自分がいるといないで、社会が変わる。その社会が大きかろうと小さかろうと、自己と他者の集団にて存在する社会において、そこに存在し行動することで変化をもたらす。
何を人生の目的、もしくは使命と考えるかというと、それは生きてきた環境や体験からくる問題意識や、他者のどんな喜びを得たいか、などの動機づけなどに基づく。ここで、この他者から得たい喜びは、結局のところ自分の欲望に発する生きがいの違う側面でないかという矛盾を感じる。マズロー、最終の自己実現に近い気がする。ただこの動機づけは、あくまで他者に帰することであり、実現後の影響の広がりなどを考えると、単なる自己満足の生きがいとはことなる。
人生の目的、使命の追求は時間がかかり、環境や成長に応じて変化することが多々あるが、それはおそれることでなく、むしろより意味のある、社会に影響力のある使命に強まることは喜ばしいこと。ただその方向性はおそらくあまりかわらない。そこに嘘をつくべきではない。
0 件のコメント:
コメントを投稿